五官とは、眼、耳、鼻、舌、身のことをいいます。身は皮膚と理解されています。私たちが生きている現象世界とは、この五官で感じる世界ということでもあるのです。

 私たちが病気になったり、人間関係で悩んだり苦しんだり、人生上の困難などの原因を作り出している世界です。

 また私たちの心に生じている厄介な欲望、欲情がこの世界を悲惨な状況にしている原因でもあります。この肉体に所属する欲望、欲情をどうコントロールしていくのかが私たちの人生で大きな意味をもってきます。

 人間関係の問題は、相手の人間性や欠点をとらえることから起こることが多いですね。赦す赦さないの問題であり、嫌悪感をともなう感情の問題でもあります。

 肉体人間は誰でも欠点をもち、不完全です。この相手の欠点や不完全を自分のなかでどう処理していくかが、この問題の解決につながります。まず私たちの欠点や不完全は、五官で感じている認識にすぎないことを知るべきです。

 その人の生命の本質ではないんです。自分の認識が相手に映って、相手がそれを現わしているように見えているだけなのです。

 わが子が不完全な肉体で生まれてきたら、それに不快感を感じますか?わが子の欠点と思いますか?思わないですよね。生きているわが子は、かけがえのない存在だからです。

 人間の本質にとって、現象に現れている欠点や不完全は、現れにすぎず、わが子の生命そのものは輝きをもつ価値ある存在であることを直感で知っているからです。

 ここに人間関係の悩みや問題から抜け出す道があります。人の欠点や不完全は本来ないと認識すべきです。そう現れて見えるのは、自分の認識の問題だと観点を変える必要があります。

 肉体に所属する欲望や欲情にどう対処したらいいのでしょうか?

 ジェームス・アレンは次のように言っています。

 「私たちの心が邪悪な思いで満ちているとき、私たちには、いつも痛みがつきまとう。雄牛を悩ます荷馬車のようにして。もし私たちが清い思いばかりをめぐらしたなら、私たちには喜びばかりがつきまとう。私たち自身の影のようにして」
  また「誤った思いを選んでめぐらしつづけることで、獣のような人間へと落下することもできるのです」とも言っています。

 この肉体にともなう私たちのやっかいな想念が、自分の人生を曇らし、辛い状況を引き起こしている大きな原因となっています。

 私たちは、この欲望や欲情を“自分の求めている意志“だと思って捨てがたく思います。でもこの想念は、肉体に所属する意志にすぎません。自分の霊的生命からくる想念ではありません。これもコントロールする練習で、浄化されていきます。

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 私たちはこの世界において欠乏や貧乏、倒産といった経済問題もかかえています。私も繰り返し経済的な困難を体験しながら生きてきました。

 これもその問題の本質は、自分の心の問題ととらえるべきです。“奪うものは奪われる“という「因果の法則」が働いています。自分の利益ばかり考え身勝手な思いでする仕事は、いつか行き詰まります。

 世の中の優れた人物や、会社の理念などを参考にし、仕事の正しくあるべき道へ修正することが求められます。

 人生に現れるさまざまな困難や苦しみにはどこかに解決の道が隠されています。八方塞がりに見えるときでも天の一角は空いています。そしてそうした困難も実のところは、五官に見える認識にすぎないのです。

 困難は、私たちの心に映った自分の影であり、見せかけにすぎないのが困難の本質だと理解するときがいつかきます。こうしたさまざまな問題から抜け出し、解決していく道は、生命の本質である霊的人間が自分の生命の本源であるという認識のなかにあります。

 肉体人間、霊的人間の両方を生きているのが私たちの本質ですが、多くの場合、霊的人間であるという意識は普段持ち合わせていないのが実情です。

 しかし私たちの人間としての進歩、向上はこの生命への理解なしにはありえません。私たちの人生を幸福に導いていくのもこの生命への理解なしにはありえません。

 そして、あなたの認識が変わり、意識が高まれば、さらに学ぶべき書籍や情報が自然と目に触れるようになってくるでしょう。それも神の働きです。

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