2、「本当の私に」戻った私

私の家族

当時の私は、自分の暗い部分をことごとく見ないようにしていたし、また感情を抑圧していたので、周囲からは明るくて活発な子と映っていたと思う。

私は両親を尊敬したことは一度だってない。なぜかは知らないが、尊敬などできない。それでも私は両親のことが好きだった。私にはやさしい両親だから好きだった。

私には、両親に対して、「好き」という意識の下に、もうひとつの思いがあった。
恨みだ。それは、ひどくもの悲しい感情だった。

私が小学校六年生の時、父親に「おまえなんか生まれてこなければよかったのに」と言われた。
この言葉にひどいショックを受けた。

その事件の前か後かは忘れたが、母親に「一緒に死のうか」と言われたことがある。
これも私にはショックだった。

婿養子である私の父と母の父との不和で、母はいつも苦しんでいた。


他人事

私は、周囲の人からはいつも堂々としていると見られていたようだった。
しかし、実情は、いつも何かが怖かった。内心びくびくしていた。

それまでの私は、自分の心の奥底に潜んでいる怒り、恨み、恐怖、不安、愛情飢餓感など、すべてを抑圧していた。何も考えず、何も感じないようにしてきたのだ。
だから悩みがないように感じるのだ。ラクだし悲しみも苦しみもないが、悦びも感動もない。
むなしさの原因は、感情の抑圧だったのだ。

自分自身の本当の感情を感じないようにして生きると、自分のことですら他人事のように感じられるようになるのだと思う。


自己分析

中学一年のとき、弟が私に頼んでおいた修学旅行のおみやげ(ペナント)をバスの中に置き忘れてしまったことがあった。
家に帰った私は、楽しみにしている弟の前でバッグの中から取り出そうとした。だが、なかった。

父は激しく私をののしった。「買ってもいないのにウソ言うな!」と大声で怒鳴った。私の心は引き裂かれた。
他にもその類の事件は多数あった。そのたびに私は傷ついた。


私は岩月先生の暖かい支援のもと、自己分析を始めた。
私は自己分析に集中した。夜中の二時三時まで手を動かして書き続けた。

そのうち私を苦しめてきた恐怖をはっきりとつかんだ。それは、「生」の恐怖だった。


私の怒りをぶつけた日

もう迷わなかった。
父だ。私が怒りをぶつけるのは父だ。そう直感した。

とても勇気が要ったが、私はだしぬけに、「生まれてこなければ良かった」と私に言ったことを覚えているか、と父にふっかけた。父は、「何を言っているんだ!とひどく驚いた。すかさず私は、「生まれてきて良かった、と言ってほしい」と、泣きながら言った。

「言った覚えがないのに取り消せるか!」と言い返す父に、私は、「言われてもないことで子供が何年も何年も苦しむものか!」と切りかえした。私は夢中で訴えた。

父は、「バカ、今までどんな思いでここまで育ててきたと思っているんだ。決まっているじゃないか」そう言ってくれた。もう充分だった。

やはり一番必要だったのは、父からの感情のこもった言葉だったのだ。私の感情を動かすのは、父の感情しかなかったのだ。


本当の自分に出会った日

この世で一番、許したくても許せなかったものを許すことができたとたん、何かが大きく変わった。
胸につかえた石がとれたような気がした。本来の自分に戻れたような気になった。
感覚が戻ってきたように感じた。

そして、感謝の念が湧いてきた。心の底から父に感謝したくなった。


翌日、大学に行く途中、電車の中でふと気がついた。
音がはっきりと聞こえる。
ものがはっきり見える。
駅や学校がくっきりと見えた。風が木の葉をゆすっている音が妙にはっきりと聞こえた。
キャンバスでは、皆が不思議と私にやさしいような気がした。
緑も鮮やかなのだ。

私は私の心に何がおこったのかまだよくわかっていなかった。

帰りの電車の中で風景を見た。
まったく違う。完全に違う。
きのうまで見ていた世界とまるで違うのだ。
すべてが輝いている!


世の中とは自分の心を映し出す鏡のようなものだと思う。心がきれいになればなるほど世の中は美しく輝いて見える。
いのちあるものがいとおしくなる。石ころさえもいとおしくなる。
愛された自分もかけがえのない命としていとおしくなる。

岩月謙司 著 「家族のなかの孤独」より

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